概要・由来
当社の創始は明記を欠くも、明治6年村社に列し、平成元年1月中原社及び脇原社を合併する。平成18年10月本殿を改築。
この八幡神社の創建時期ははっきりとした記録が残っていないものの、明治6年(1873年)には村社という格式に位置づけられました。
これは、地域社会において一定の重要な役割を担う神社として公に認められたことを意味します。
その後、平成元年(1989年)1月に、中原社と脇原社という二つの神社を合併しました。
これは、地域の神社統合の流れや、より多くの地域住民の信仰を集約する目的があったと考えられます。
これにより、より広範囲の地域における信仰の中心としての役割を担うことになったと言えるでしょう。
さらに、平成18年(2006年)10月には本殿の改築が行われました。
本殿は神社の中心となる建物であり、神様が鎮座する神聖な場所です。
改築は、建物の老朽化への対応や、より荘厳な社殿とするため、または後世に文化財として継承していくためなど、様々な理由で行われます。
この改築によって、神社は新たな時代を迎えることになったと言えるでしょう。
補足:
- 「村社」とは、明治時代から戦前まで存在した社格の一つで、村の鎮守として村人が共同で祀る神社を指します。
- 神社の合併は、地域の過疎化や氏子(神社の信者)の減少、宗教法人法の改正など、様々な要因で行われます。
- 本殿の改築は、建築技術の進歩や文化財保護の観点からも重要な意味を持ちます。
鎮座地
金沢市東原町ワ58
電話
076-285-0365 (賀茂神社:かほく市)
拝観料金
無料
御祭神
応神天皇
行事
ー
見どころ
富山県に近い県境の山間の静かな場所で、大きな杉の巨樹に囲まれた境内。
樹齢数百年はあり、樹勢も良さそうです。
境内は地元の方々によってきれいに整備されてます。
神徳(御利益)
応神天皇は、第15代天皇であり、武勇に優れ、文化の発展に貢献したとされています。
そのため、八幡神として祀られる際には、主に以下の神徳が信仰されています。
武運長久(ぶうんちょうきゅう):
武勇に優れた天皇であったことから、戦の勝利、武道の守護、勝運を授ける神として信仰されています。特に、源氏が氏神として崇敬したことから、武士の間で広く信仰されるようになりました。
殖産興業(しょくさんこうぎょう):
応神天皇の時代に、大陸から様々な技術や文化が伝えられたことから、産業の発展、商売繁盛、事業成功の神としても信仰されています。
厄除開運(やくよけかいうん):
強力な神力で厄を払い、運を開く神としても信仰されています。災難除け、交通安全、家内安全などの祈願も行われます。
子育て(こそだて):
応神天皇は神功皇后の子として生まれたことから、安産、子育て、子供の成長を見守る神としても信仰されています。
応神天皇と八幡信仰
応神天皇は、死後、八幡神として神格化され、大分県の宇佐神宮を総本社として、全国に約4万社以上もの八幡神社が祀られています。
八幡神は、武神としてだけでなく、文化神、農耕神、福の神としても広く信仰を集めており、日本人の生活に深く根付いています。
駐車場・アクセス
・駐車場はありません
・東原バス停から徒歩2分
授与品・御朱印
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