法船寺(ほうせんじ)

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【歴史・概要】
– 浄土宗の寺院で、開基は慶長4年(1599年)
– 初めは尾張国犬山にあったが、開山念誉一公和尚が前田利家や利長に従って越前府中、越中守山を経て金沢に移り、寺地を拝領した
– 本尊は前田利家が豊臣秀吉から拝領した阿弥陀如来像で、前田家と所縁が深い
– 寛永8年(1631年)の大火で寺地を返上し、元禄時代に再建された
– 享保の頃、天井裏に住む大鼠を退治した猫を供養する義猫塚がある
– 薬師堂の一部は加賀騒動で有名な大槻伝蔵の屋敷の一部を移築したものという

【住所】
石川県金沢市中央通町11-46

【電話】
076-221-8017

【拝観料金】
無料

【拝観時間】
9:00~17:00

【宗派/山号・寺号】
浄土宗/佛海山寿昌院法船寺

【本尊・寺宝】
本尊:阿弥陀如来像(前田利家拝領)
寺宝:前田利家公御朱印状、前田利長公御朱印状、前田利常公御朱印状、前田利家公御遺品等

【御朱印】
御朱印はあります。
種類は以下の通りです。

|通常| 法船寺の寺名と本尊の阿弥陀如来像 |300円|
|義猫塚| 義猫塚の絵と「義猫塚」の文字 |500円|
|春季限定| 桜の絵と「春」の文字 |500円|
|秋季限定| 紅葉の絵と「秋」の文字 |500円|

【行事】
1月1日:除夜の鐘
1月15日:成人式
2月15日:涅槃会(ねはんえ)
4月8日:花祭り(はなまつり)
5月8日:母恩感謝会(ぼおんかんしゃえ)
7月15日:盆供養会(ぼんくようえ)
9月23日:敬老感謝会(けいろうかんしゃえ)
11月15日:七五三詣り(しちごさんもうで)
12月8日:成道会(じょうどうえ)

【見どころ】
– 義猫塚:天井裏の大鼠を退治した猫を供養した塚で、石碑には「義猫塚」と彫られている。猫の絵や詩が描かれた絵馬が多数奉納されている。
– 薬師堂:加賀騒動で有名な大槻伝蔵の屋敷の一部を移築したもので、屋根には伝蔵の家紋である三つ盛り菱がある。薬師如来像や十二神将像などが安置されている。
– 法船寺のねずみ退治:法船寺が舞台となった昔話で、天井裏に住む大鼠を退治するために、能登から来た猫と協力した猫の話。最後には両方の猫が死んでしまうという悲しい話。

【義猫塚について】
義猫塚は、法船寺の境内にある石碑で、天井裏に住む大鼠を退治した猫を供養したものです。
石碑には「義猫塚」と彫られており、その下には「義猫の話」という昔話が書かれています。
昔話によると、法船寺の天井裏には大きな鼠が住んでおり、住職は困っていました。そこで近所の人が子猫を持ってきて寺で飼うことにしました。
子猫はやがて大きくなりましたが、鼠を退治する気配はありませんでした。ある晩、猫が夢枕に現れて「あの大鼠は私だけでは退治できません。能登の鹿島郡にいる猫と共に戦えば勝てると思います。少しお暇をいただきます」と言って姿を消しました。
二日後、猫は能登から来た猫を連れて帰ってきました。そしてまた夢枕に現れて「明後日の夜に鼠を退治します」と言いました。
その夜、二匹の猫は天井裏に入り込み、大騒ぎを始めました。人々は本堂で待ち構えていましたが、やがて天井の板が割れて鼠が落ちてきました。寺男たちは傷ついた鼠を打ち殺しました。
住職が天井裏に上がってみると、二匹の猫は古鼠の毒気に当たって死んでしまっていました。住職は悲しみながらも、二匹の猫を丁重に葬りました。
それ以来、この場所に義猫塚が建てられ、多くの人々が猫の供養に訪れるようになりました。
猫が能登から来た理由は、昔話には明確に書かれていませんが、おそらく能登の猫は強い猫であったからでしょう。能登は海に面した地域で、魚や鳥などの獲物が豊富でした。そのため、能登の猫は鼠だけでなく、他の動物とも戦うことが多く、体力や技術が優れていたのかもしれません。また、能登には鹿島神社という猫を祀る神社がありました。この神社は猫の霊力を高めると言われており、能登の猫はその恩恵を受けていたのかもしれません。

【駐車場・アクセス】
– 駐車場:境内にあり
– アクセス:金沢駅から北鉄バスで香林坊もしくは片町バス停下車、徒歩10分。タクシー15分。

【ウェブサイト】
http://tomoikidou.com/housenji/
https://www.instagram.com/guganin.housenji.jodo/

 

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